
親が認知症になると実家は売れなくなる|家族信託という備え方
「施設の入居費用のために実家を売りたいのですが、母が認知症で……」このご相談は、当社に持ち込まれる中で最も対応が難しいもののひとつです。判断能力を失った後では、打てる手が限られるからです。
なぜそうなるのか、そして事前に何ができるのかを説明します。
- なぜ売れなくなるのか
- 認知症になった後の選択肢は成年後見
- 判断能力があるうちの備え、家族信託
- 現実的な進め方
- まとめ
なぜ売れなくなるのか
不動産の売買契約は法律行為です。意思能力を欠く人がした法律行為は無効になります(民法3条の2)。
「息子が代わりに手続きすれば」と考えられるかもしれませんが、家族だからといって当然に代理権があるわけではありません。 委任状も、本人に判断能力がなければ有効に作れません。
実務上は、決済の場に立ち会う司法書士が本人の意思を確認します。ここで確認が取れなければ、登記が進みません。結果として、本人名義の不動産は事実上凍結されます。問題は、その資産が凍結されても、施設の費用や医療費は出ていくということです。
認知症になった後の選択肢は成年後見
居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可が必要
成年後見人が本人の居住用不動産を売却するには、家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。売却だけでなく、抵当権の設定、賃貸借契約の締結や解除、建物の取り壊しも許可の対象です。許可なく行った処分は無効になります。
ここでいう「居住用不動産」は、現に住んでいる家に限りません。入院や施設入所の前に住んでいた家や、退院・退所後に戻る可能性がある家も含まれます。実家はほぼこれに当たると考えてください。許可を得るには、売却が本人のために必要であること(施設費用の捻出など)を裁判所に説明します。手続きには時間がかかり、必ず許可されるとも限りません。
後見人への報酬が、亡くなるまで発生し続けます
大阪家庭裁判所が示している報酬のめやすは次のとおりです。
| 管理する財産の額 | 基本報酬(月額) |
|---|---|
| 1,000万円以下 | 2万円 |
| 1,000万円超〜5,000万円以下 | 3〜4万円 |
| 5,000万円超 | 5〜6万円 |
これはあくまで「めやす」で、実際の金額は裁判所が事案に応じて決めます。不動産の売却など特別な行為があった場合は、基本報酬の50%の範囲で付加報酬が加算されることがあります。後見監督人が付く場合は、その報酬も別に発生します。
そして重要なのは、後見はいったん始まると、本人の能力が回復するか、本人が亡くなるまで続くという点です。裁判所も「ご家族の意思や本人の希望でやめることはできません」と明記しています。「不動産を売るために一時的に使う」ということはできません。月3万円としても、10年で360万円です。知らずに始めて驚かれる方が多い部分です。
判断能力があるうちの備え、家族信託
家族信託(民事信託)は、元気なうちに、財産の管理を家族に託しておく契約です。委託者(親)が受託者(子など)に財産の名義を移し、受益者(通常は親自身)のために管理・処分させます。親が受益者であれば、実質的な利益は親に帰属したままなので、設定した時点で贈与税はかかりません。
そして、親が判断能力を失っても、受託者の権限で信託財産の管理や売却を続けられます。 これが最大の利点です。
| 成年後見 | 家族信託 | |
|---|---|---|
| 始められる時期 | 判断能力を失った後 | 判断能力があるうちだけ |
| 居住用不動産の売却 | 家庭裁判所の許可が必要 | 許可は不要(受託者の権限で可能) |
| 継続期間 | 本人が亡くなるまで | 契約で定めた期間 |
| 継続的な費用 | 後見人報酬が毎月発生 | 原則不要(家族が受託者の場合) |
| 対象になる財産 | 本人の全財産 | 信託した財産のみ |
| 本人の身上監護 | できる | できない |
家族信託は万能ではありません。 信託していない財産には効きませんし、施設の入居契約や医療の同意といった身上監護はできません。状況によっては、成年後見と併用することもあります。
費用と手続き
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 契約書の作成 | 法律上の義務ではありませんが、金融機関で信託口口座を開設する際に求められることが多く、後々の争いも防げるため、公正証書で作るのが実務上一般的です |
| 公証人手数料 | 財産の価額に応じた区分(1,000万円超3,000万円以下で26,000円など。2025年10月改定)に加え、信託財産1億円以下の場合は13,000円が加算されます |
| 登記 | 委託者から受託者への所有権移転登記と、信託の登記を同時に行います。所有権移転そのものは非課税で、信託の登記に土地は0.3%、建物は0.4%の登録免許税がかかります(土地の軽減措置は2029年3月31日まで) |
| 専門家報酬 | 司法書士や弁護士に組成を依頼する報酬が別途かかります。公的な基準はなく事務所ごとに設定が異なるため、複数から見積もりを取ることをおすすめします |
なお、名義を預かる子には、忠実義務、分別管理義務、帳簿の作成義務があります。信託財産と自分の財産を混ぜてはいけません。 「名義を移すだけ」という軽い話ではないことは、家族全員で理解しておく必要があります。
現実的な進め方
すべてのご家庭に家族信託が必要なわけではありません。当社の実感としては、次の順で考えるのが現実的です。
| 状況 | 考えられる対応 |
|---|---|
| 将来、実家を売る可能性があるか | 誰も住まない見込みなら、対策の必要度が高くなります |
| 判断能力があるうちに売ってしまう | 施設に入るタイミングで売却すれば、信託も後見も不要です。居住用財産の3,000万円特別控除も、住まなくなってから3年目の年末までなら使えます |
| すぐには売らないが将来に備えたい | このときに家族信託が効きます |
| すでに判断能力が不十分 | 成年後見の検討になります |
2番目を先に検討する価値は大きいと考えています。信託の組成費用も後見人報酬もかからず、税制上の特例も使えるからです。売る決断ができるなら、それが最もシンプルです。
まとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 認知症になると | 本人名義の不動産は売れなくなります |
| 成年後見で売る場合 | 家庭裁判所の許可が必要。入所前に住んでいた実家も対象です |
| 後見の継続 | 本人が亡くなるまで続き、報酬も発生し続けます |
| 家族信託 | 判断能力があるうちしか使えません。受託者は家裁の許可なく信託財産を売却できます |
| 信託の作り方 | 公正証書で作るのが一般的。登記も必要です |
| 最もシンプルな選択 | 売る予定があるなら、判断能力があるうちに売ってしまうことです |
「まだ元気だが、いずれは」という段階でのご相談を歓迎します。売却の判断に必要な現在価値は、無料の査定でお出しできます。信託や後見の実務は、慣れた司法書士をご紹介します。
